。
010cm
19  ̄ ̄
△
0 5cm
図700719調査地点出土土器実測図(1/4)・石器実測図(1/2)
137
1.教育学部附属小中学校校舎等改修工事に伴う発掘調査(0719調査地点)
表80719調査地点出土遺物一覧表
138
図 番号 遺構 遺物の種類 大きさ、、 残存率 鯛整 色鯛 備考
70 1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
包含層
包含層
包含層
撹乱
撹乱
包含層
包含層
包含層
包含層
撹乱
撹乱
包含層
38号ピット
包含層
撹乱
廃土中
包含層
包含層
4層
縄文土器
弥生土器壷
弥生土器艶
弥生十器翌
弥生土器翌
弥生土器喪
弥生土器壷
弥生土器嶺
弥生土器躯
弥生土器翌
弥生土器翌
須恵器蓋
土師器坏
土師器坏
須恵器蕊
かわらけ小皿
土師器翌
打製石鍬
剥片
縦(73)
横(75)
厚さ11胴径182 底径器高(39)
頚径160 底径器高(46)
口径246 底径器高(35)
口径 底径器高 口径底径 器高 口径底径 器高(74)
口径底径70 器高(45)
縦(101)
横(72)
厚さ7
〈びれ部径 器高(41) 65 底径124口径 器高(48)
口径 底径168 器高14 口径 底径82器高(33)
口径 底径108 器向(11)
底径口径 器高(50)
口径87 底径43器高19 口径260 底径 器高(61)
縦(18)
横(11)
厚さ3 口径42底径17 器高11
胴部破片
胴部破片
胴部破片
口縁破片
口縁破片
口縁破片
底部破片
底部破片
胴部破片
底部
底部破片
l/12
l/4
l/3
口縁破片
2/3
口縁のl/4
ほぼ完形
内面:ナデ 外面:ハケメ 内面:ナデ 外面:ナデ 内ilii:ナデ 外面:ナデ 内面:ナデ 外面:ナデ 内面:ナデ 外面:ナデ 内面:ナデ、ハケメ 外面:ナデ、ハケメ 内面:指オサエ 外面:ナデ 内面:ナデ 外面:ハケメ 内面:ハケメ 外而:ハケメ 内面:ナデ 外面:ハケメ 内面:ナデ、ハケメ 外面:ナデ 内面:ナデ 外面:ナデ 内面:ナデ 外面:ナデ 内面:ナデ 外面:ナデ 内面:ナデ 外面:ナデ 内iiii:ナデ 外面:ナデ 内面:ケズリ 外面:ナデ
内面:lOYR6/4にぶい黄燈 外面:lOYR5/3にぶい黄褐 内面:5YR6/8燈 外面:25YR6/8燈 内面:lOYR7/4にぶい黄樟 外面:7.5YR8/6浅黄燈 内面:lOYR7/4にぶい黄燈 外而:lOYR7/4にぶい黄燈 内面:lOYR7/3にぶい黄燈 外面:lOYR7/4にぶい黄橿 内Iiii:lOYR8/4浅黄燈 外面:l0YR8/3浅黄燈 内面:lOYR8/4浅黄横 外而:l0YR8/6浅黄 内面:lOYR8/7浅黄 外面:lOYR8/4浅黄檀 内而:7.5YR8/6浅黄糧 外而:7.5YR8/6浅黄燈 内面:5YR7/6桧 外面:2.5YR8/4淡黄 内而:l0YR8/4浅黄檀 外面:l0YR7/3にぷい黄燈 内面:5Y5/l灰 外面:5Y5/l灰 内面:7.5YR7/6燈 外面:7.5YR6/6榎 内面:5YR6/6燈 外面:5YR6/6燈 内面:25Y5/2暗灰黄 外面:2.5Y5/3黄褐 内面:7.5YR7/6横 外面:7.5YR7/6燈 内面:7.5YR6/4にぶい横 外面:75YR6/4にぶい樟
突帯文土器
外面丹塗り
外面被熱赤変
全体磨耗
全体磨耗
全体磨耗。内外面丹塗り
内外面に自然釉
黒曜石
黒曜石
Ⅵ京町地区の調査
2教育学部附属小中学校校舎等改修機械設備工事に伴う発掘調査
(0721調査地点)
(1)調査の目的と経過 a・調査地と調査経緯
本調査は熊本大学教育学部附属小中学校校舎等改修機械設備工事に伴う発掘調査である。当該地区 の性格は別項(0719調査地点)に記してあるので割愛する。2007年6月19日、校舎等改修機械設備工 事による掘削について熊本市文化財課より工事立会いの指導が下され、2007年10月15日より総面積 1421.41㎡の試掘・立会い調査を開始し、発掘調査必要箇所11264㎡については2007年12月14日より 発掘調査を開始した。中学校北校舎と南校舎の間(中庭調査区)、体育館西側調査区、構内中央道路 内調査区の3箇所について発掘調査を行った。総面積は112.64㎡である。12月14日に中庭調査区の調 査を開始した。撹乱から赤レンガや磁器碗、ガラス瓶等が大量に出土した。包含層からは近世のかわ らけ、古墳時代の土師器、古代の土師器等の遺物が出土した。12月21日中庭調査区の調査を終えた。
12月25日から体育館西側調査区の調査を開始した。住居の床面と思われる硬化面、焼土、ピット、弥 生土器等を検出し、調査を終えた。12月26日は構内中央道路内調査区の調査を行った。弥生後期の土 器と、住居の床面と思われる硬化面を検出し調査を終えた。以上により12月26日に発掘調査を終了し た。立会調査での遺構の検出はない。
b・調査の経過
2007年12月14日中庭調査区調査開始。
2007年12月21日中庭調査区調査終了。
2007年12月25日体育館西側調査区調査。
2007年11月26日構内中央道路内調査区調査。
c,調査の組織 調査員:江頭俊介 事務担当:中川木綿子
発掘作業員:有馬絢子、井手春代、江藤恵子、大越忠一、大越貞子、押方富江、川元恵子、建嵜豊 美、笹野ヌイ子、白石美智子、関根龍子、林田恵子、福島実、福田久美子、堀川貞子、
前田日出男、前田美恵子、松井昭子、松下義章
整理作業員:伊藤千代子・江口路・鬼塚美枝・小山正子・古賀敬子・首藤優子・末吉美紀・溜渕 俊子・長谷智子・増井弘子・山嵜早苗
(2)調査区の基本層序
京町台遺跡群が存在する京町台地は、阿蘇4火砕流によって形成された舌状台地であり、当地の基 盤層は褐色のロームである。その上をロームが土壌化した黒褐色土が覆っている。この黒褐色土層中 には、縄文後期、弥生後期、古代、近世、近代の遺物や遺構が包含されている。遺構は、ほとんどが ロームにまで掘り込まれている。ローム層の上面から以下20cm程には、縄文時代のものと思われる黒 曜石の細片が出土する。各調査区の基本層序は以下の通りである。
139
2.教育学部附属小中学校校舎等改修機械設備工事に伴う発掘調査(0721調査地点)
中庭調査区 体育館西側 構内中央道路内調査区
GL
GL-300mm
GL-900mm
図710721調査地点中庭・体育館西側・構内中央道路内調査区基本土層断面模式図 :lOyr3/3暗褐色士。現代埋土。
:lOyr3/2黒褐色士。粘性弱い゜ピット、竪穴住居、古代の遺物など出土。
:lOyr2/2黒褐色士。粘性2層より強い。ピット、古代の遺物など出土。
:7.5yr4/6褐色ローム。粘性強い゜黒曜石チップ出土。
層層層層1234
(3)検出遺構(図72)
中学校体育館横調査区からは硬化面と焼土が-か所、構内中央道路調査区からは硬化面が一か所、
中学校中庭調査区からは、近世の1号溝、近代の1号士坑、3号士坑、52号土坑、その他ピットがI 中学校中庭調査区からは、近世の1号溝、近代の1号士坑、3号士坑、52号土坑、その他ピットが検 出された。
1号溝(図72)
1号溝は中学校中庭調査区の中央を縦断している。西側の肩は1号土坑により破壊されており、東 側から底面中央までが検出された。軸はN-10o-Eであり、延長線上の0719中学校北調査区1号溝
と同一遺構と考えられる。遺物の出土はない。
1号土坑(図72)
1号土坑は中学校中庭調査区の中央に位置する。調査区狭長のため全形は不明だが、残存長5m、
深さ約2mである。平面形は円形である。断面は丸みを帯びた逆台形である。掘り込みは2層の上 面(現在の表土の下)からである。埋土は包含層由来の暗褐色土であり、炭や瓦礫が入る。土坑上面 から1mほど下から底面にかけて近代の遺物が集積している。遺物は、磁器碗と磁器蓋であり、土 坑底面の一定範囲に固まっている。
3号土坑(図72)
3号士坑は中学校中庭調査区西端に位置する。調査区狭長のため全形は不明である。残存長2.5m、
推定直径5m、深さ約2mである。断面は縦に長い丸みを帯びた長方形、平面は不定円形と思われ
る。掘り込みは2層上面(現表土の下)からである。埋土は6層に分かれる。下層から炭、焼土、炭、
土、炭、炭と士の中に煉瓦と瓦、のⅡ頂に堆積している。遺物は上層に多く、煉瓦と瓦とともに、ガラ
ス瓶、磁器製の食器などが出土している。遺物は近世のものと近代のものが出土している。近代土坑 が形成される以前に、同地点になんらかの近世遺構が存在し、近代士坑掘削時に遺物が混ざったと考
えられる。
140
l層(現代埋土)
2もしくは3層(包 含層)
4層(ローム)
l層(現代埋土)
2もしくは3層(包 含層)
4層(ロ ̄ム)
l層(現代理士)
2もしくは3層(包 含層)
住居床面
2.教育学部附属小中学校校舎等改修機械設備工事に伴う発掘調査(0721調査地点)
体育館西側調査区
伽
面1
構内中央道路内調査区疵
 ̄
硬化面2
、
図730721調査地点体育館西側・構内中央道路内調査区遺構配置図(1/200)
52号土坑(図72)
52号土坑は中学校中庭調査区中央やや西よ
52号土坑は中学校中庭調査区中央やや西よりに位置する。直径3.5m深さ1mの土坑である。断面 は丸みを帯びた逆台形を呈する。平面は円形と思われる。掘り込みは2層上面(現表土の下)からで ある。内容物のほとんどが炭である。
硬化面1(図73)
中学校体育館横調査区の中央からやや北より、包含層中に40cm×20cmほどの範囲の硬化面があり、
焼土がその上に乗っている。調査区の南側に続いていくようである。遺物の出土はない。
硬化面2(図73)
構内道路調査区の中央あたり、包含層中に硬化面がある。南北は調査区に切られ、東西はかく乱に 切られているため、範囲は不明である。床面から弥生土器の甕が出土している。
142
Ⅵ京町地区の調査
(4)出土遺物(図74.75:1~46)
以下はすべて中学校中庭調査区出土である。包含層からは古代の土師器、須恵器、近世の陶磁器な どが出土している。かく乱からは近世の陶磁器、近代の陶磁器などが出土している。
lは包含層出土の須恵器坏である。2は包含層出土の土師器坏である。3は包含層出土の須恵器の 蓋である。4は包含層出土の須恵器の碗である。5は包含層出土の土師器の甑の胴部である。内外面 丹塗りである。1から5の古代の土器はすべてローリングを受けており、表面がすれている。6から 15は3号土坑出土品である。6は近世のかわらけ灯明mである。口縁内面に灯心の痕が付いている。
7は近世のかわらけ灯明mである。口縁内面に灯心の痕が付いている。8は小代焼の湯呑である。9 は白い磁胎に呉須で模様が染付けられている。10は小代焼の茶碗である。11は小代焼の茶碗である。
「牝小路」の刻印があり、上手物である。12は小代焼の茶碗である。13は陶器の湯呑である。14は白 色で良質な磁胎に呉須で氷烈文が描かれている。15は3号土坑出土のくらわんか碗である。16は包含 層出土の広東碗である。17は3号士坑出土の端反り形の磁器碗である。18はカクラン出土磁器碗であ る。19は包含層出土の端反り形の磁器碗である。20は3号士坑出土磁器mである。21は3号土坑出土 の磁器mである。こんにゃく印判の五弁花文がある。22は3号土坑出土の陶器mである。23は3号士 坑出土の磁器mである。24は包含層出土の磁器mである。口縁が波打っている変形mである。25は3 号士坑出土の磁器mである。磁胎、釉の発色ともに良く、有品である。26は包含層出土の磁器mであ る。こんにゃく印判である。27は3号土坑出土の磁器mである。吹き墨技法が用いられている。28は 3号士坑出土の陶器皿である。29は薩摩焼の土瓶である。燈色土質の陶胎に透明釉と自然釉が施され ている。注口は手曲げである。底部外面に煤が付いている。30は3号土坑出土の用途不明陶器である。
仏具であろうか。黒色の陶胎に茶色の釉薬が施されている。黒色の胎土から見て小代焼だろうか。31 は包含層出土の瓦器火鉢である。16~17世紀のものであろう。32は天草水ノ平焼の陶片である。器種 は不明である。にぶい赤褐色の陶胎に外面は瑠璃釉、内面は灰釉が施されている。幕末ごろの品であ る。33は3号土坑出土の陶器の土瓶である。唐津焼だろうか。にぶい燈色の陶胎に茶色の釉薬が施さ れている。注口は手曲げである。34は3号土坑出土の陶器の壷か甕である。褐灰色の陶胎に黒色の釉、
その上に白色の釉を垂らしている。胎土から見て小代焼か?35は1号土坑出土の端反り形の磁器碗 である。人工コバルトで型紙印刷によって竹林模様が描かれている。明治10~20年代ごろのものであ る。36は1号土坑出土の磁器碗である。浅く広がる形をしている。クロム(緑色顔料)で花が描かれ ている。銅版印刷である。「景文」という銘が入っている。明治30年代~40年代のものである。37は 1号土坑出土の磁器碗である。底が平らで幅の広い形をしている。法量は300mlほどであり、他の飯 碗よりやや大きい。白色の磁胎に人工コバルトを用いた銅版印刷により「福」、「寿」、窓に梅模様な どがあしらわれている。明治30年代~40年代のものである。38は1号土坑出土の磁器碗である。高台 が小さく、斜めに器壁が立ち上がる形をしている。人工コバルトとその他の顔料で笹の葉?が手書き で描かれている。大正から昭和初期のものである。39は1号土坑出土の磁器mである。人工コバルト で型紙印刷によって窓や花が描かれている。明治10~20年代ごろのものである。40は1号土坑出土の 磁器皿である。口縁内面にクロム(緑色顔料)で二重線が描かれている。底部外面中央には瓢箪に
「日陶」銘がある。ノリタケ製国民食器といわれているものであり、昭和16年から20年に配給された 食器である。国民食器はおもに公共の施設に配給される。41は1号土坑出土の磁器蓋である。人工コ バルトで「熊本」と筆書ききれている。熊本師範学校の食器である。42は1号土坑出土の磁器蓋であ る。人工コバルトで「懸立」というゴム印が押されている。熊本師範学校の食器である。43は3号土 坑出土の陶製ドアノブである。取手部分は白色の磁器である。軸部は鉄製である。44は3号土坑出土